大地の蓋

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  「台風」   央野迷子  

 薄暗く垂れ込めた空。唸るような風の音。揺さぶるように時折低く伝わる振動。
 シャワーのような雨が窓ガラスを叩く。
 見下ろすと、地上では激しい風雨に水面が波立ち、係留されたボートや古くなった桟橋の残骸が無数に波間を漂っているのが見える。
 窓枠に浅く腰掛けて、立川洋一はもう10分ほども、そんな外の様子を眺めていた。
「なぁ、もう水が三階の半分くらいまで来てるらしいぜ」
「マジ?四階に妊婦いなかったっけ?」
「おい圭吾、あと恵!おまえらボート見て来い。あとロープ補強な。やばそうなら上に運ぶから報告しろよ」
「小津さん、屋上の扉から水が武器庫に流れ込んでます!」
「すぐ塞いで来い!いや、先に武器移せ!松、おまえも手伝え」
「はい!」
 洋一の後ろでは慌しい声と足音が飛び交っている。走り回る少年達の間で指示に追われているのはジュディアン・小津である。
 洋一はそんな周囲の様子をしばらく眺め、再び窓の外を見つめた。
 雨も風の音も少し弱まったようだった。洋一はわずかに目を細めて窓の外を注視する。
「洋一、おまえもちょっとは手伝えよ」
「人手は足りてるだろ?頼りになるサブリーダーもいることだし」
 振り向いてにやりと笑うと、ジュディアンは顔を顰めた。
「雑用係の間違いじゃねぇの?」
「そんなことないって。本気、ホンキ」
 洋一の満面の笑顔にジュディアンは疲れたようにため息をつく。
「で、何でさっきから外ばっかり見てんだよ。楽しいか?」
「面白れぇじゃん。俺、台風とか雷とか見んの好きだし」
「おまえなぁ。下の方に住んでるヤツは大被害だぞ。この天気じゃ明日の仕事も心配だってのに」
「明日は中止だ。この分じゃ向こうだって移動は無理だろ」
「中止って、こっちからは断れないだろ。見たところ雨も治まってきたみたいだし……」
 言って、ジュディアンは窓枠に手をつき、洋一の傍らから窓の外を覗き込む。
「風も止んで来たな。・・なんか急に晴れてきてないか?」
「さぁどうかな。今回の台風はこのあたりは直撃って聞いてたし、こうあっさり治まるとも思えねぇけどな」
「っていっても、実際治まってるように見えるけど?」
「だから、台風の目にでも入り込んだのかと思ってさ」
「台風の目?」
 ジュディアンは眉をひそめて洋一を振り返った。
「って…なんだそれ?」
 怪訝そうなジュディアンの眼差しを受けて、洋一は軽く笑う。
「台風ってのは巨大な空気の渦巻きなんだそうだ。その渦巻きの中心を台風の目っていって、直径40キロくらいの大きさらしい。で、台風の目の中は風が弱まって場合によっては晴れたりもするらしい。ただし台風の目の周辺は暴風が吹き荒れてて、台風は現在移動中」
「……なるほどね。ってことは、その台風の目とやらを抜けたらまたさっきの状態に逆戻りってことか?」
「たぶんな。まぁ、実際にこのへんが台風の真ん中なのか、それとも本当に台風が行っちまったのか、それはもうちょっと様子を見てみないとなんとも言えねぇけどな」
 言って、興味深げに外の様子を眺める洋一の顔をジュディアンはじっと見つめる。
「おまえってさぁ、なんか変なことよく知ってるよな」
「変なことって?」
「この間はなんだっけ?拾った古い計器の目盛に『°F』って書いてあって、オレ達がなんだろうって言ってたら外国の温度の単位だって言ってたよな。その前は・・・避雷針の内角60度以内は雷が落ちないとか言ってなかったか?」
「そういや、言ったような気もするな」
 相変わらず薄く笑みを浮かべて、洋一は出方を伺うようにジュディアンを見る。
「そういうのってさ、どこから仕入れてくるわけ?」
 ジュディアンはさらに問いかけた。ジュディアンの妙に真剣な表情にはぐらかすのを諦めたのか、単に追求をかわすのが面倒になったのか、洋一は苦笑を浮かべる。
「百科事典みたいなヤツがいてさ」
 再び窓の外を見つめてつぶやくように言った言葉が、まるで懐かしんでいるように聞こえて、ジュディアンは意外そうに瞬く。
「ヒャッカジテン?……って何だ?」
「やたらいろんな情報が詰まったデータベースみたいなヤツがいたってこと」
「ふぅん。それって女?」
「女…?」
 洋一は意外そうに繰り返して、眉をひそめた。
「女…女ねぇ…」
 珍しく煮え切らない態度で首をかしげる洋一を、ジュディアンはじっと見つめる。
「なんだよ、じゃあ男なわけ?んなわけないよな、その言い方じゃ」
「まぁ…女であることは確かだけどさ……」
 洋一は複雑な表情で肩をすくめる。
「ま、今頃は『女』って感じになってるかもな。…あんまり想像つかねぇけど」
「なんだよ、ガキか?」
「さぁ、どうかな」
 洋一はにやりと笑って、話を打ち切るように窓の外に視線を移す。
「今頃どうしてるんだか」
 つぶやいた声は、やはり懐かしげに聞こえた。

<<FIN>>



 

■台風 補足■
「歩く百科辞典」な彼女は、夜空に出てきた彼女です。 舞台設定は「夜空」の半年前くらい。
このお話、本当は杏子登場の伏線のつもりだったんですが、 杏子の話を先に書き上げてしまって意味がない感じ。
そしていざ続きを書いてみたら、 どっちの視点でもないし、感情描写もないし、 完全に台詞と行動の描写しかなくてやたら続けにくかったです。 いまさら片方の視点にしたり、感情描写を入れるのも変なので、 台本のように最後まで同じ感じで書いてみました。

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