慶の国は、くろきりんちゃんの国から、海を隔てた対岸にあります。ようやく慶の沿岸にたどり着いた時、くろきりんちゃんは騎獣【たま】に乗った延王【おおかみ】に出会いました。
でもくろきりんちゃんは延王【おおかみ】がどんなに危険な人物【おそろしいけもの】か知らなかったので、ちっとも恐くありませんでした。
「おや、これはくろきりんちゃん。こんにちは」
フッと口元に妖しい微笑を浮かべて延王【おおかみ】が言いました。
「あ、延王【おおかみさん】。こんにちは」
にこにこと、くろきりんちゃんは答えました。
「一人でどこにお出かけかな?」
「金波宮【おばあさんのおうち】に行くんです」
「その荷物はなんだ?」
「養命酒【ワイン】と
蓬山印の甘納豆【おかし】です。景台輔【おばあさん】が失道中【ご病気 】と聞いて、お見舞いに行くところなんです。これを食べて元気になっていただこうと思って」「・・・養命酒はともかく、なぜ甘納豆なのだ?」
「景台輔のご好物なんです。特に蓬山印の甘納豆は、一日30袋の超限定品で、発売時間の朝10時には門の前に長蛇の列が出来るありさまで・・・。
ここだけの話、景台輔が蓬山公でいらした時は毎日甘納豆を買い占めてらして、二十年くらい販売できなかったらしいですよ。今でもたまにお帰りになっては、大量に買い占めていらっしゃるとか」
「・・・・甘納豆を・・、一日30袋・・・?」
「蓬山印の甘納豆は特別です。海桐花【とべら】の蜜が入っていて・・。蓬山印の甘納豆が嫌いな麒麟などおりません。ぼくも大好きです」
「・・・おまえも一日30袋食べるのか?」
「ぼくはそんなに食べません。せいぜい一日5袋くらいです。・・普通は一日10袋くらいだそうですけど」
くろきりんちゃんはにっこり笑いました。
「むかし、女仙に命じて一日40袋も作らせていた麒麟もいたそうですよ」
「・・・・・・・」
麒麟おそるべし。
延王は甘納豆をラッパ飲みしている景麒を思い浮かべて思わず身震いした。
そういえば六太も甘いものが好きだったな、と思い出す。
麒麟が人でないことは十分にわかっていたが、あらためてその人ならぬ特性を思い知らされた気がする。
麒麟というよく見知った者達が、突然得体の知れない生き物に思えてくる。
「どうかなさいましたか?延王」
不思議そうなくろきりんちゃんの声に、延王ははっと我に返った。
くろきりんちゃんが、きょとんと自分を見つめている。
(か、かわいい・・・!)
延王の心の中を、ゴオッと煩悩という名の嵐が吹きぬけた。
(なんと愛らしいのだ!こんな年端もいかぬ子供は射程範囲外だと思っていたが、これもなかなか・・・。口うるさい保護者【驍宗】も、小姑【景麒】もいないことだし。
なぁに国際問題に発展したってかまうものか。立ったばかりの慶や載などこの延の敵ではない。私は延王【おおかみ】。王【けもの】の中の王【けもの】なのだ!)
先程感じた麒麟への恐れなどどこ吹く風。
延王【おおかみ】は、くろきりんちゃんのやわらかそうなほっぺや、ふっくらした手がおいしそうで、たまらなくなってきました。
(注、この文章は絵本を忠実に写したものです)
(待てよ、ここでこの子供を襲うのは簡単だが、下手に騒がれて使令を呼ばれると困る。何とかうまくだまさなくては。そういえば景麒【おばあさん】は失道中だったな。病気の麒麟を手込めにするのもまた一興。フフフ)
「あの、延王【おおかみさん】?」
蒿里は思わずあとずさった。延王の周りに何か妖しい紫がかった靄のようなものが漂っているように見えるのは気のせいだろうか。
それに口許の妖しい笑みは何なのだろう。
「そういえば、くろきりんちゃん」
延王【おおかみ】が何か思い付いたようにたずねました。
「傲濫以外の使令は出来たか?」
「い、いえ、まだ・・・」
「それはいけないな」
きらり、と延王【おおかみ】の目が光りました。
「おまえは使令の下し方を景麒【おばあさん】から習ったのであろう?景麒も自分の教えかたがまずかったと気にしていた。黄海で使令を下して、景麒に見せてやったらどうだ?きっと喜ぶ」
それはとてもいい考えのように思えました。
(まだ十分時間もあるし・・・)
くろきりんちゃんは頭の中で、自分に言い訳しました。
(もし新しい使令を下すことが出来たら、景台輔【おばあさん】はきっと喜んでくださる。景台輔はあんなに親切にいろいろ教えてくださったのに、ぼくはその期待に応えることが出来なかった・・・。今度こそ、景台輔【おばあさん】を喜ばせてさし上げるんだ!)
くろきりんちゃんは決心しました。
「いい案をありがとうございます、延王【おおかみさん】」
「いや、なに。思い付いたことを言ったまでさ。ではな」
おおかみ延王は、言うなり一直線に去っていってしまいました。
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