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不思議な夢を見た。
ある日、目が覚めると体が一回り小さくなっている。
六太は袍のすそをつまみ、いつもより低い視界で玄英宮を歩く。
「まぁ、かわいらしい」
幼児になった六太を見て、人々が目を細める。
次の日、目がさめると、六太はさらに小さくなっていた。
牀榻から出ようとして、歩くことが出来ないことに気付いた。
仕方がないので、女官に抱き上げてもらう。
幼児の指は思うように動かず、官服の留め具を留めることが出来ない。
そして、また目覚めると六太は赤ん坊になっていた。
女官の声に、起きあがろうとするが体がいう事を聞かない。
ひどく眠くて、意識がぼんやりとかすむ。
体を丸め、目を開くと目の前に握りこんだ小さな手のひらが見えた。
さらに丸まると、とても幸せな気持ちになった。
なにか、考えなければならないと思ったが、意識はどんどん溶け出してゆく。
日の光は緩やかに牀榻に、六太に差し、六太を幸福な気持ちにさせる。
ああ…。
六太は思う。
このまま、ずっと……………・・。
D O W N
────────────作:央野マヨコ
うだるような暑さの中、六太は目を覚ました。
どれくらい眠っていたのか、意識はまだ半分、夢の中をさまよっている。
-----------------ああそうだ。
ぼんやりと天井を見つめながら、六太は思い出す。
おれは斡由に会いに行って、尚隆と斡由が戦って…更夜が・・。
更夜は黄海へ発った…。
遠ざかってゆく、更夜と妖魔の姿が脳裏に浮かぶ。
-------おれは戻ってきたんだ、この玄英宮に……。
城を離れること三月。
牀榻の天井の凝った細工や、落ちついた敷き布の色合いがひどく懐かしかった。
起きあがろうとして、六太はふと、自分の影に目を留めた。
窓から差し込む日差しを浴び、六太から伸びた影はくっきりと濃い。
その影は、長い尾と額から伸びた角を持った優美な獣の姿をしていた。
どうやらいつのまにか転変していたらしい。
六太は少し驚く。
六太は人型に戻ろうと、角に力を集めた。しかし、どうしてもうまく力が集まらない。
沃飛……と呼ぼうとして、六太はようやく気付いた。
咽喉の奥に、まるでなにか大きな塊がつかえたかのように声が出ない。
---------------六太は、声を失っていた。
「六太が獣形のまま、元に戻れない?」
雁州国国王延は、その精悍な顔に呆れたような表情を浮かべた。
「で、六太はなんて言ってる?」
「あの、それが……」
女官は恐縮してさらに頭を下げた。
「台輔は、お声が…」
「なんだと?」
延は眉をひそめる。
元州の謀反。そしてそれに伴うさまざまな人事の後始末で 今朝の朝議は紛糾【ふんきゅう】している。
午後からは臨時で官を召集しなければならない。
「わかった。あとで行く。とりあえずあいつは部屋にでも閉じ込めて、その件は伏せておけ」
「は……」
平伏する女官を残し、延は内宮を後にした。
「台輔が御不調だそうだな」
真剣な調子の帷湍の声に、内宮でうずたかく積みあがった書類に目を通していた延は顔を上げた。
「入ってくるなりそれか。誰に聞いた?」
特に動じたそぶりも見せず、延は再び書類に目を落とす。
「誰が・・だと?そこら中で皆が噂をしておるわ!」
帷湍は荒荒しい口調で吐き出す。
「口止めをしたはずだが、仁重殿の女官もあてにはならんな」
「そんなこと言ってる場合か!」
「別に失道したわけじゃなし、騒ぎ立てるほどのこともなかろう」
「元州の謀反がようやく終わったかと思ったら、今度は台輔。おまえ、自分の立場わかってるのか?」
「わかっているつもりだが?」
顔も上げずに平然と答える延の態度に、帷湍のこぶしがふるふると震える。
「じゃあ、なぜ台輔に会わない。台輔が出てこなくなって三日だぞ。おまえときたら、いつも『後で行く』だの『今忙しい』だので、様子すら見に行かないではないか」
「俺は忙しいのだ。あいつになんぞ構ってられるか」
「恐れながら」
二人の間に割って入る控えめな声があった。朱衡である。
「なんだ?」
延は露骨に嫌な顔をする。
「台輔は国にとって大切な御方。さらに台輔の御不調はそのまま国の不調をも表します。少なくとも民はそう思うでしょう。城下に知れれば民の動揺は必至。放っておくわけには参りません」
「まったく・・なんて手のかかる餓鬼だ」
延は書類を投げ出すと、立ちあがった。
「どちらへ」
「六太を見舞えばいいのだろう?言っておくが、あいつがおかしくなったのは俺のせいではないぞ」
「ごゆっくり」
にっこり微笑む朱衡に舌打ちし、延は仁重殿に向かった。
波の音が聞こえる------------。
六太はもう何刻も、打ち寄せる波の音を聞いていた。
回廊を渡る人の足音、女御のひっそりした囁き。
ぴぴぴぴ・・・・と小鳥の囀る声に六太は微笑む。
渡り鳥が、帰ってきたらしい。
耳をすませていると、やがて自分が音に溶け込んでいくような気がした。
こうして、部屋でぼんやりと過ごすようになってどれくらいになるのか、記憶は曖昧ではっきりしない。
記憶とは、他人によって形づけられてゆくのだ。
六太は思う。
誰とも交わらず、話さず、そうしてぼんやりと横たわっていれば、なにもかもが曖昧にかすんでゆく。
ゆっくりと睡魔が襲ってきて、六太は目を閉じた。
体は相変わらず獣型のままで、いくら力を集めても人型に戻れない。
声を出そうとしても、喉の奥でかすれたような空気の音が鳴るばかり。
何度か声を出そうとして、六太はすぐに諦めてしまった。
言葉というものがなければ、思考さえもただ頭の中をさまよう靄【もや】になる。
─────────なにも、考えたくなかった。
その時、閉じた瞼の裏に金の陽光を感じ、六太は目を開けた。
ざわざわと回廊の奥がざわめき、耳に馴染んだ足音が近づいてくる。
・・・・・・尚隆・・・・・。
六太は切ない思いで、扉を見つめる。
目を閉じても、耳を塞いでも、その気配だけは誤りようがない。
扉が開く。
「ほう、これはまた珍しい眺めだ」
牀榻の隅で丸くなる小さな獣の姿を、延は興味深げに見つめた。
本性は獣なのだ、と言われても最初は信じられなかった。
蓬莱からこちらにきて何回か半獣を見かけたが、いつも傍らにある子供が本当は獣なのだ、などとはなかなか信じられることではない。
過去数回、六太が転変したところを見たことはあったが、こうして転変しているところを見ると、何やら不思議な心地がする。
金の鬣を持った獣は、優美な首を持ち上げ、どこか力のない瞳で延を見つめている。
「転変したまま元に戻らない・・・と聞いたが?」
延の声にも、獣はただ見つめるばかり。
「どうした?ばかにしおらしいな」
延は牀榻に足を踏み入れ、獣の顎をつかむ。
獣は抗うように首を振り、唸り声を発した。
「口がきけない・・・というのは本当のようだな」
延は薄く笑い、不意に獣の額、その中心にある角をつかんだ。
びくり、と獣が硬直し、次いで激しく抗う。
「どういうつもりだ?」
延は六太の抵抗にもまったく頓着せず、その目を覗きこむ。
「甘えているのか?それとも人であることに嫌気が差したか?どちらにしろ迷惑だ」
獣は四肢を踏ん張り、必死にその手を振り解こうとするが、延の力にはかなわない。金の鬣が、その苦悶を表すように激しく揺れる。
「おまえが元州に捕らわれたせいで、こっちがどれくらい迷惑したかわかっているのか?ようやく連れ戻したら、今度は口がきけないという」
がくがくと獣の膝が震え、崩れ落ちそうになるのを延は冷めた目で見つめ、掴んだ角で吊り上げるように引き寄せた。
「麒麟の不調は王の不徳だそうだな。おまえのせいで俺の信用までガタ落ちだ。おまえに迷惑をかけないようにしようという気遣いはないのか?」
獣はもがくように首を振って、延から逃れようとする。延は感情のうかがえない瞳でそれを眺め、不意に投げ捨てるようにその角を放した。
獣は力尽きたように牀榻に崩れ落ちる。
「はなから役にたつことなど期待していないが、せめて足をひっぱらない程度の心遣いはして欲しいものだな。それとも麒麟とは王の足を引っ張るためにいるのか?」
力なく首を垂れる獣の姿に、延はふん・・・と薄く笑む。
「なぜ口をきかない?人の姿にもなれず、話すこともできないのではただの獣と変わりない。・・・・それとも、ただの獣になりたかったのか?」
獣の耳がぴくりと震える。
延は数瞬、強い目でそれを見据える。
「・・逃げることなど、許さんぞ」
延は低くつぶやくと、牀榻の窓を開け放った。手すりに身を乗り出し、背伸びして何かを掴む。
ややして六太の傍らに膝をついたとき、その手にはまだ生まれたばかりの渡り鳥の雛が握られていた。
驚いて、六太は身を起こす。
「おまえの哀れみのせいで、死ななくていい人間が何人も死んだ。おまえはいつもそうだ。目先のことに振りまわされて、その奥にあるものを見ない。いや、麒麟は・・・というべきかな」
延は握りこんだ雛を、見せつけるように六太の前に持っていく。
「おまえだって本当はわかっているのだろう?哀れな生き物だ。本能には逆らえんか?」
六太の瞳に追い詰められたような苦しげな色が浮かぶのを、延は無表情に見つめる。
「麒麟であることから逃げて、次は人であることから逃げるのか?ただ本能のままに生きるのはさぞかし楽であろうな」
延は雛を握った手にゆっくりと力を入れる。
キキキ!と雛が延の掌の中でもがいた。
「・・・・・・・!!」
六太はくぐもった唸り声を発した。延を止めようと、咽喉に力を込めるが、どうしてもうめくような音しか出ない。
「どうした?何か言ってみろ。おまえが言えば、この雛は助けてやるぞ」
六太はきつく延をにらみつけた。咽喉の奥が熱い。
「どうした、この雛が死んでもいいのか?」
追い討ちをかけるように言う延の表情は冷たく、その心をうかがい知ることはできない。
きりり、と六太は唇をかみ締めた。
くやしさと、悲しさと、情けなさと、いろいろな感情が交じり合って、胸が重い。
いつもただ哀れむだけの自分が嫌だった。
哀れむだけで何も出来ない、無力な自分が嫌だった。
頭の奥ではしょうがないことだとわかっているのに、いつも六太は哀れんでしまう。
無神経に哀れむ六太のその言葉が、どんなに周囲の人を、そして延を傷つけているか、気づかないほど愚かではなかった。
王を、尚隆をここに連れてきて、重い荷物を背負わせたのは自分だ。
一人で背負うには重すぎる荷物を肩代わりしてもらって、自分はようやく楽に呼吸ができるようになった。
その行為が、正しい事だったのかわからない。
でも確かに、尚隆によって六太は重圧から開放されたのだ。
しかし自分はどうだろう。
ただ哀れみの言葉を並べ立てて、雁を、そして尚隆を危険にさらしただけだった。だれ一人、救う事が出来なかった。
更夜を、雁を救ったのは尚隆だ。六太はただ迷って、足手まといになっただけだった。
情けなかった。
尚隆の役に立ちたいと思う。
尚隆の背負うもののその重さを、少しでも和らげたいと思う。
なのに自分は何もできなくて、それどころか尚隆を責めて、疑ってばかりだ。
任せておけと、尚隆は言う。
六太だって、本当はそうした方がいいのだと分かっている。
哀れみに振りまわされた自分の言葉など、あっても何の役にもたたない。ただ周囲を混乱させるだけだと。
でも六太は、尚隆を、王を信じる事が出来ないのだ。
信じたいと思う。自分の背負っているものを分かち合える唯一の半身を。たった一人の主を。
でも、どうしても信じる事が出来ない。王というものを、信じる事が出来ない。
それがひどく、辛かった。
-----------------傍にいるだけで、心が震えるほどうれしいのに。
六太の瞳から、涙があふれる。
尚隆を責めたくない。つらい決断を迫られる彼を、傷つけたくない。
でも六太の本能はどうしてもすべてを哀れんでしまう。
尚隆を哀れみながらも、責めてしまう。
自分の言葉が、ただ目先の哀れみにとらわれただけの感情論だと、本当はわかっているのに。
耐えられなかった。
誰よりも慈悲深いふりをして、本当はただ本能に従って哀れみを垂れ流すだけの麒麟という存在に。
王を支える存在でありながら、王を信じることが出来ない自分に。
自分の中の、その相克【そうこく】に。
だから。 そう、だから。
ただの獣になりたいと思ったのだ。
責める言葉を持たない、ただ王の傍らにあるだけの獣に。
なにも考えず、ただ王の傍にいて、その孤独をなぐさめる獣になりたかった。
六太は思い出す。
あの日、元州から帰ってきた日、六太は強く願ったのではなかったか。
なにも考えない、ただの獣になりたいと。
そして、六太は言葉を失った・・・・。
六太は一瞬、強く目を閉じた。
「やめてくれ、尚隆・・・」
ようやく出た声は、乾いてかすれていた。
ふわりと、六太の獣の姿がかすみ、金の髪を持つ子供の姿に変わる。
延は無表情にそれを見つめ、つまらなそうに片頬を歪ませる。
「なんだ。もう終いか。つまらんな」
肩をすくめると、延は立ちあがって窓の外に手を伸ばした。 やがて、六太の前に腰を下ろしたその手に雛はなかった。
チチチチチ・・と窓の外から高らかなさえずりが聞こえる。
「なんで・・・。なんでなんだよ?おれがしゃべれない方が、おまえだってうるさくなくていいだろ?人型になれなくたって、おまえがぴんぴんしてればそのうちみんな慣れるさ」
「馬鹿を言うな」
延は呆れたように肩をすくめた。
「何度もいっただろう?おまえがいないとがみがみ言う官の矛先が俺に集中して困る・・・それに」
延はちらりと六太を眺める。
「おまえがいくらわめき散らそうと、俺はまったく気に止めてないから、関係ないな」
「な、なんだよそれ!」
「当然だろう?麒麟の哀れみなどいちいち気にしておったらきりがないわ。どうせ麒麟の方とて、ろくに考えもせずに言っているだけだろう?なぜわざわざそんな戯言を期にする必要がある?」
肩をすくめる尚隆の目は、なぜか温かい気がした。
六太は急に恥ずかしくなって、ごしごしと目をこする。
「そうやっておれをないがしろにしてると、そのうち痛い目にあうからな」
「ほう・・」
延はばかにしたように微笑んで、立ち上がる。
「どこにいく?」
「帰る。おまえと違って俺は多忙なのだ。麒麟の仮病に付き合ってる暇はない」
「なんだと!」
「おまえも、一人前に扱って欲しいなら、そのたいそうな口相応の働きを見せて欲しいものだな。まぁ無理だと思うが」
ぐっと詰まる六太を見て満足げに微笑み、延は見を翻す。
立ち上がろうとして、六太は再び崩れこんだ。
ろくに食事をとっていなかったところにいろいろあったせいで、体に力が入らない。
横たわったまま天井を見上げると、新しい涙が目尻から零れ落ちた。次々と溢れる涙で周囲がぼやける。
差し込む日差しが涙に映って眩しかった。
-----------また尚隆に馬鹿にされるな・・・・・。
思いながら、六太は目を閉じた。
少しはましな夢を見れそうな気がした。
<< END >>
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