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祥公女(上)
作:藤屋ねくたー
−これまでのお話−
ワンス・アポナ・タイム。
むかしむかし、イギリスか中国か…はたまたそれらとは全く異なる国か、とにかくもうどうせどこだって大した違いが無いからいいじゃんいいじゃんという所に一人の少女がおりました。名前を祥瓊といいます。
祥瓊の父親はハッキリ言ってお金持ちでした。娘などにも『お父さま』などと呼んでもらえるぐらいのお金持ちです。
お金持ちなのにどうしてそんな必要があるのかな?…などと思ってしまうのですが、そのお父さまはある日ダイヤモンド鉱山を見つけるために、遠い外国へと行くことになりました。
しかし母親を亡くし父娘ふたりだけの環境では、娘を辺鄙な外国に連れて行くのはさすがにつらいと思った父親は、祥瓊を女学院に入学させます。
その女学院は全寮制の学校で、良家の子女が集う麗しの学びや。お父さまも安心して旅に行けるってものです。
さてその女学院に入学した祥瓊ですが、一躍みんなの注目の的となりました。
なにしろ部屋は特別室、着ている服も一流の品であれば、祥瓊自身も聡明で利発、清麗ワンピ…いや、エンビで、あたかも学院のコウ?…ポウ?…ホウギョク? と、とにかく、すごかったのです。その公女のような立ち振る舞いに、皆からは小公女とも呼ばれました。そして気だての良い祥瓊は他の生徒たちとも仲良くなり、学校生活をエンジョイしておりました。
ああ、だが何ということでございましょう。
劇的な物語にはありがちなことなのですが、祥瓊の父親が現地で行方不明、それも生存が絶望的という知らせが届いたのです。
そしてこれもありがちなことなのですが、ダイヤモンドの話も全然ペケで、気づいてみれば財産まさしく無一文という状態になってしまっていたのです。
厳格で生真面目な学院長は、学費の抵当に一切合切を取り上げると祥瓊を特別室から放り出し、みずぼらしい屋根裏部屋へと移しました。
嗚呼かわいそうな祥瓊。
これまではなに不自由の無い生活で、遊ぶ相手も明るく優美な少女たちだったのに、今や相手といえば屋根裏部屋のネズミだけになってしまったのでした。
「………って、おいらかい」
うめき声をあげる楽俊であった。
「言っとくけど、おいらはネズミじゃねえぞ。れっきとした半獣で、それでもってれっきとした正丁だぞ…」
いきなりすね始める楽俊。床を指でぐにぐにと擦り、ぐじぐじうねうねとテンションは下がる一方である
「もう楽俊たら、なにいじけてるのよ」
颯爽と祥瓊が部屋に入ってきた。手には取り込んだばかりの洗濯物を抱えている。青い大空、たなびく白雲、明るい太陽すてきじゃない、わたしはとってもハイテンション…などと、意味不明なテーマソングが後ろに流れていそうなぐらい、元気一杯であった。
ドサドサッと洗濯物を床の上に置くと、座って丁寧にたたみ始めた。
「ほらっ、楽俊も手伝って!」
祥瓊の声は、意味なく明るかった。
楽俊はあきらめたようにため息を吐くと、祥瓊の近くに座って一緒に洗濯物をたたみ始めた。
しばらくの間は黙って仕事をしていた楽俊だが、やがて祥瓊に声を掛けた。
「なあ、祥瓊」
「なあに? 楽俊」
祥瓊はハミングなんか口ずさみながら、手際よく洗濯物をたたんでいる。
「祥瓊はどうしてそんなに明るいんだろうな…って思ってな。これだけ不幸な出来事が続いたら『嗚呼、どうして私がこんな辛い目にあうの? 私が一体なにをしたっていうの?もう腹たつわねーっ! キーーーッツ!!』とかってならないか? まあ、よくあるパターンだけどな」
「そうね。それでもって『あの共同経営者が、お父さまをたぶらかしたに違いない。そうだ、あいつの財産を強奪してやろう! ホーーホッホッホ』とかってなったら完璧じゃないかしら? あ、一応説明しておくけれど、お父さまがやってらしたダイヤモンド鉱山のお仕事には、共同経営者がいたの。聞いた話によると、その人もやっぱりへこんじゃったみたいだから、どのみち無理な事なんだけれど…」
祥瓊はふと手を休めて、それから言葉を続けた。
「お父さまが行方不明だという知らせを受けた時は、とてもショックだった。あの2〜3日は、何も考えられずに頭がぼーっとしていたわ。その間、何をやっていたのか、あまり覚えていないし。でも、悲しいけれど………過ぎてしまった事。境遇は変わってしまっても、要は気の持ちようだと思うの。第一、明るいのが私に一番似合っていると思うの。ねえ、そう思わない?」
「ああ、そりゃそうだ。でも、さびしくなったりしねえか?」
「やだあ、楽俊がいるじゃない。さびしくなんかないわ」
けらけらと祥瓊が笑う。
「そ、そうか」
楽俊はちょっと照れたようだ。耳の先が赤くなっている。
「それに、今の生活もいろいろ楽しいことがあるのよ。さあ、早くこれを終わらせちゃいましょう」
「ああ」
ふたりは、再び洗濯物に取りかかった。
確かに祥瓊は元気だ。不羈でタフで、おまけにパワーまである。
お見事!…というほどに積まれている洗濯物の山を見上げながら、奇妙に感心してしまう楽俊であった。
「院長、あの子へのなされようはあんまりだと思うのですが…」
院長室では、教務主任と院長が話をしていた。どうやら教務主任が、祥瓊の窮状を訴えているようである。
「ばかな事を」
院長は、あっさりと言い捨てる。
「あの娘を哀れむならば、まずこの学院を哀れむがよろしい。あの娘のせいで一体いくらの不良債権が生じたと思う? 授業料、寮費、さらには給食費、光熱費、おやつ代……。まったくおまえの哀れみは、本末を転倒している」
「しかし…」
「くどいぞ、供麒」
院長は強く言い放った。
「私とて、この寒空の下にあの娘を放り出すような事はしておらぬ」
「…それは…まあ…そうですが…」
「身よりのない可哀想な娘を、置いてやっているのだ。だから、働くのは当然の義務といえよう。万事は平等に為さねばならぬまい?」
「……はあ」
簡単に言いくるめられてしまう、教務主任の供麒であった。
やさしく気のいい供麒は、いつも学院長の言いなりになってしまう。もっともこの兄弟にとってみれば、それは昔からのことだった。
そう、学院長である景麒は供麒と兄弟で、二人でこの学院を経営しているのだった。
しかし似ているのは髪の毛の色ぐらいで、後は全然似たような所はない。
大体、弟の供麒の方が図体がでかく、それからして兄弟と呼ぶには全然ミスマッチという感じである。
「だけど、兄上。兄上は祥瓊を嫌っておられませんか? 私には何故か、兄上が彼女をいじめている様に思えてならないのですが…」
「嫌っている? ばかなことを。私はあの娘を、別に嫌ってはおらぬ」
とは言ったものの、実は景麒は祥瓊が嫌いだったのである。いや、嫌いというよりは苦手、まさしく苦手の一言だったのである。
そう、なぜか祥瓊からは、いつも奇妙なプレッシャーを受けてしまうのである。
もし仮に景麒にお姉さんがいて、その姉さんは強くて覇気があって景麒は全然頭が上がらないとしたら、祥瓊はまさにそのお姉さんの友達で、いつもニコニコ微笑んでいるのだけれど、実際には何を考えているのか分からないから余計不気味な女、といった役柄だろう。
一度そんなところを供麒に説明したことがあるのだが、変な顔をされただけだった。
それも当然の話でで、景麒本人ですら自分の考え…というか妄想が、全くもって理解不可能という状態なのである。
この様に景麒が祥瓊から受けているプレッシャーは、全く一筋縄ではいかないのであった。
『コン、コン…』
ドアをノックする音がした。
景麒が返事をすると、バケツやモップなどを持った祥瓊が現れた。
「失礼します」
祥瓊はきちんとお辞儀をする。
「お部屋のお掃除にまいりました」
「ああ、ご苦労」
書類から目を上げて、景麒はちょっと頷いてみせる。
既に供麒は院長室を辞していた。おそらく今ごろは、景麒から言われた雑用でもやっているのであろう。
祥瓊は掃除用具を一箇所にまとめて置くと、静かに掃除を始めた。
しばらくの間、時間は静かに流れていった。部屋は景麒が書類をくくる音、時おり祥瓊が立てる物音、そして時計が時を刻む音だけが聞こえた。
書類に一通り目を通し終えた景麒が、ふと顔を上げた。
「祥瓊、あ…いや掃除を続けていてかまわない。君に話しておきたいと思うことがあったのだ。つまり……私がお前に辛く当たっていると思うかもしれないが、これは仕方が無い事なのだよ。お父上が亡くなられたり、財産を失ったりで祥瓊には深く同情もしよう。しかし学校経営は慈善事業ではないのだ」
「はい」
素直に受け答えをする祥瓊。
「祥瓊がこの学院に負っているもの、すなわち借りだな。それと今現在の生活費、これを誰かが購わねばならない。個人としての私であるならば鷹揚にもしよう。だが経営者の私としてはそれを許すわけにはいかない。したがって祥瓊、お前が自分の力で支払わなければならない」
「はい」
「うむ…」
素直に話を聞いてくれる祥瓊についうれしくなり、景麒は、最近の景気の話や、労働の大切さの事、果ては学校の経営に関しての話や愚痴(主に彼の弟君に関して)までもこぼした。ちゃんとした聞き手がいるので、いかにも上機嫌な素振りである。
「…と、まあ、なかなか学校一つを切盛りするのも苦労がかかるのだよ」
「はい、大変なんですねぇ」
祥瓊は掃除を続けていたが、それでもお年寄りの長話もきちんと聞いてあげていた。
「あ…すみません、先生。これをちょっと持っていて頂けませんか?」
景麒の机を拭こうとした祥瓊は、ちょっと邪魔になる机の上のペン立てを差し出した。
「ん? あ、これか」
「はい、すみません。あとこれもお願いします」
と、ニッコリ笑顔で置物を差し出す。相手が院長であろうが王様であろうが平気でお気楽にお願い事をしてしまう、強者の祥瓊であった。
「…すみません、この壷をちょっと持ち上げていてくださいますか?」
「…うむ…なかなか重いな…」
「…あ、その本はこちらにお願いします」
「…ああ、ここだな」
「…あ、先生。モップはもっと腰を入れた方がよろしいですよ。ほら、こんな感じです」
「…ん、こう? こう? こう……かな?」
30分後。部屋は完璧に掃除され、磨きぬかれた床や家具や窓などはピカピカキラキラ輝いていた。
「すっかり綺麗になりましたね」
「うむ」
二人はそろって、掃除が終わった部屋を眺めていた。
「それでは院長先生、私は失礼いたします」
「ああ…ご苦労」
景麒は軽く手をあげて、祥瓊を見送った。見送った後で自分がすがすがしい汗をかいた…というか、かかされた事にやっと気がついた。おのれ祥瓊と地団駄を踏んでみても、もはや後の祭りなのであった。
学院長景麒、彼はひょっとしたらいい奴なのかもしれない。
院長室の掃除を終えた祥瓊は廊下をスタスタと歩いていた。まだ片づけなければならない仕事がけっこう残っていたのである。だが元々がお嬢様なので、どことなくゆったりとした歩き方に見えてしまうのはご愛嬌というものだろう。
「あらぁ、祥瓊じゃない? 貴方、素敵な格好をしていらっしゃるわね」
後ろから声がしたので振り向いてみると、そこには数人の少女たちがいた。そしてその先頭に立っていたのが珠晶、ついこの間まで祥瓊とはクラスメートだった少女である。
ちなみにその後ろに引っ付いて、そうねそうねうふふほほほあらあらほんとまあきゃあやだぁ…とBGMを奏でているのは、彼女の取巻きたちであった。
それでこの珠晶だが、もともと彼女はこの学院のナンバーワンだったのであり、さらに言えば女王様だったのだ。それが祥瓊がこの学院に入ったり出たりしたおかげで、ナンバー2に落ちぶれたり再び返り咲いたりと、まあ、ある種の典型というか王道のようなパターンを突き進んできたのである。そして彼女は今まさにその王道を極めんと、ライバルに対するリベンジへと突入したのであった。
「さすがに祥瓊様は違ってらっしゃる。そのご様子、とてもお似合いのことよ」
「あら、ありがとう。珠ちゃんにそう言ってもらえて、とてもうれしいわ」
もっともそれは、無駄な徒労でしかなかった。
そもそも祥瓊にとってみれば、珠晶も大切なお友達なのである。むろん珠晶は、祥瓊に対する己の感情を、包み隠さず、正直に、誠意を持って伝えてきた筈なのだ。
しかし何事につけ、人の気持ちというものは相手にはうまく伝わらぬものだ。したがって祥瓊と珠晶はこれまでも、そしておそらくこれからも、ずっと友達なのである。
「な、な、なによ、馴れ馴れしいわね。気安く珠ちゃんなんて、お呼びにならないでくださる? ………もう、いいわ、行きましょう。この方と話していると、こちらまで調子がくるってしまうわ」
「あ、珠ちゃん。あんまり急いで歩くとまた……」
なぜか激高した珠晶は、緊急にその場を立ち去ろうとした。
ところでその珠晶の姿であるが、彼女は結構目立った格好をしていた。
珠晶の家はなかなか由緒ある家柄であり、その伝統かしきたりなのか、この娘はかなり派手でユニークな髪飾りをしていたのである。
またその髪型も、いったいどうやって髪を結っているのだろうかと、まわりのものの目を引きつけるようなものだった。
ただ、この髪飾りは、本物の貴金属を使っているのでちょっと重たい。そして髪飾りがふんだんに飾られている珠晶の頭はなかなか重たい。
ところが珠晶の身体ほうは、すっごく小柄なものであるから、どうも重心が安定しない。
したがって、急に身体を動かそうとすると、少々支障が生じる。
「……あ、ああっ!」
珠晶は、ある意味期待どおり、ものの見事にその場にひっくり返った。
祥瓊は急いで珠晶を助け起こすと、心配そうに顔をのぞきこんだ。
「大丈夫? 珠ちゃん……」
祥瓊はその場に屈み込むと、視線を珠晶の目の高さに合わせた。
この姿勢は、小さな子どもに対しては思いやり溢れる姿勢であるのだが、小さな珠晶にとってみれば屈辱でしかなかった。おまけに頭をなでられたりなんかもしている。
「!§!〜●××★〜〆∞≠◇♯〜£△▽〆〆×」
顔を真っ赤にし、なにやら湯気が出る勢いの珠晶であった。
「も…もう、やってられないわよ!!!」
そう叫ぶと、珠晶は廊下をとっと歩いていった。
取巻き達も、あらあらまあまああらまあまあと後を追いかける。
後に残された祥瓊は、また転んだりしないかしら?…と後ろ姿を心配そうに見送るのであった。
日も西に沈み、学院が喧騒から静けさを取り戻した頃、やっと自由の身に解放された祥瓊は、屋根裏部屋で楽俊と楽しい語らいの時を過ごしていた。
「私は…そうね…まず、羽根布団かな。ふわふわと気持ち良くて、いい匂いがして……」
いま何が一番欲しいかというテーマで、二人で他愛なく話し込んでいるのだった。
「それと、オーブンから取り出したばかりの焼きたてのパン。温かくて外はパリパリで中はフンワリと柔らかいの。それからシルクの下着、肌触り良くてサラサラで……と、まあ、こんなところかしら?」
「ふうん…」
楽俊はゆったりとした気持ちで返答をする。
「あ…あとあと、オランダ製のチョコレートと、セイロン産の紅茶。それにチャイナのティーカップとベネチアのグラス、イタリアのジェラードとスカンジナビアのクプク…」
「………ああ、ハイハイ」
さて、この学院の周辺は高級住宅街で、まわりには立派なお屋敷が建っている。
そんな屋敷の一つの部屋の一つ。…寝室とおぼしきその部屋の照明は既に落ちていて、ただ片隅に小さなランプがポツリ灯っていた。
薄暗いその中に、ベットの上に身を起こしている人物がいた。
その者はため息をつくと、言葉をぽつりと吐き出した。
「いくら地位や権勢があっても、少女だだ一人を見つけ出すことができないなんて……」
その時、部屋の角から『きゃらきゃらきゃら』という笑い声がしたが、ベットの方から飛んできた置物のクリティカルヒットで、すぐに静かになった。
「わたしは本当に、いたらない……」
深いため息の音が、再び部屋に響いた。
そして夜も更け、学院も皆が寝静まったころ。
「うわーーーーーーーーーーーーーーーあぁっつ!!!」
素っ頓狂な声が響き渡った。
「おまおまおま………祥瓊っ!!」
前後不覚の楽俊が、上ずった声を絞り上げる。
「なんでお前が、おいらの寝床にいるんだよ〜〜〜〜〜」
見れば祥瓊がいつの間にもぐり込んだのか、楽俊をだっこするような格好で眠っており、スース―と可愛らしい寝息を立てていた。
「まったく……。言っとくけど、おいらはネズミじゃねえぞ。れっきとした半獣で、それでもってれっきとした正丁だぞ……」
ぶつぶつ呟くと、祥瓊を揺り起こそうと手を伸ばす。
「う〜〜ん……ふかふかで……あたたかあ………むにゃむにゃ……」
「…………」
楽俊は伸ばしかけた手を止め、軽く肩をすくめると、ヤレヤレといった感じで再び横になった。
なかなか幸せそうな生活を送っている祥瓊であった。
『祥公女(下)』に続く
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